四十九日って故人のためではなく、残された人たちへの「優しい時間の儀式」なのです。

 

 

誕生もあれば、別れもあって。

 

鑑定やセッションをしてきた30数年
かれこれ4万件ちかいお話をきいてく中。

なんどかめぐってくる、命の季節。


その季節が来るたびに、
ひとつひとつの相談に、寄り添って来たのですが、

いまちょうど、その時期がもう一度きてます。

 

出産シーズンと、別れのシーズンって
なぜか似たようなタイミングで、おこってきます。

 

別れは、悲しいというきもちよか、
自分が年齢を重ねて行くたびに、
「ごくろうさま・お疲れ様でした」って、

故人が命を全うしたこと、これまでの経緯に、
尊敬と敬意のきもちしか、なくなってきています。


とはいえ。

 

その関係が近ければ近いほど、辛いよなっておもいます。
当たり前ですが。

 

その人にしかわからない、関係の深さからくる痛みは
なんどと寄り添って来ても、どんな声がけも思いも、
こころのぽっかり穴を、
するっと通り抜けてしまうような気がします。

 

言葉も思いも届かなくて歯がゆくて、
そばにいるなら抱きしめるしかできないし、
電話口なら、ただ一緒に涙するしかなく。

 

この相談だけは、
いまだにどうしたらいいかわからない。

ただ涙っていう時の方が多いかもしれません。

沈黙とただうけとめることしかできなくて、
どうしてもはがゆく、祈るしかなくなります。

 

 

こないだ、
大切なお母さんを亡くされたMちゃん。

ちいさく内輪で、
やるべきことを進めて来たのだけど・・・

49日の法要で、どうしようか?という話になりました。

 

で、

こんなラインをやりとりしていました。

 

私は、あまり儀式だったことや、
仰々しいことは、好きでないため、

どちらかというと、
全てが自然であるのがいいと
そう思っていて、こんな話をしていました。

(その意味では、バリの火葬儀式『カベン』のように、
お祭りで送る・・・という、あんな感じがしっくりきます)

 


こんなふうに、

やりとりをしていたのですが。

 

その日の晩。

 

寝ていたら、バババババッ!!!!と、
メッセージが飛び込んで来ました(笑)


飛び起きて、わすれないうちにメッセージ。

 



 

 

 

どうやら、お空によると。

 

 

四十九日は、故人のためにするものじゃないらしい。

 

天国に行くか地獄に行くか、

なんていう問題でもない。

 

 

四十九日は

「残された人たちのためにある、優しい時間の儀式」。

 

残された側が

「もう、さようならなんだよ」って、

自分自身に、言ってあげる日。



自分と故人の世界に、ひとつの線を引く日。

 

故人にではなく、

境目と区切りを「自分に」渡す日。

 

そんな日だったようです。

 

わたしも、勉強になりました。

 

 

お盆だね。

だからメッセージがスコン!と、きやすかったんだろうな。

 

お迎えして、

両手をあわせてご先祖様を思うのいいね。

 

でも、お盆なら。

 

自分の中の血を、いとしむのがいいな、と思う。

たくさんのご先祖様がつくってくれた

免疫にまもられてる。

 

ご先祖様は、わたしの血の中にいっぱいいる。

 

すごいね。

 


ご先祖様は、私の中で

私を静かに守り、生きている愛そのもの。 

 

 

 

 

さ!みんな今日も、良い日でね〜〜〜ヾ(≧▽≦)ノ!!!!

 

 

 

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